チャレンジして学ぶ

ふじそんです。
代表挨拶にも書いていたと思いますが若いころは貧乏で社会人になった頃、メディアに洗脳されていた私は、親が病気になったときの治療費や亡くなったときの葬式代などが不安になり、副業でも稼いで数百万は貯めました。親がそういう状況になったときに日本の社会保障制度を知り、本当に安く済むことを知りました。

その頃、もっと小さいころからかもしれませんが、遊びは収入につながるものを徹底的に選んでやりました。20歳の頃には自動車が好きで自動車の改造を毎日のように行い、機械的知識はもちろん、電気的な知識もあり、またソフトウェアの知識もあり、他では真似ができないレベルでの修理を行うことが可能になりました。例えばエンジンが壊れていれば分解して組立て搭載、また工作機械を用いた部品の製作技術も得ることが出来ました。車の電子部品が壊れていれば回路を解析したり、電子部品の異常を調査して修理する技術も得ていました。
そのスキルが買われ、副業で一か月ほどイタリアのラリーチームに行き、ラリー車を作成に行ったり、またその後は大学で自働車に関わることを学生たちに教えることになりました。

いろいろな仕事を極めたつもりですが、ソフトやハードを用いた制御の開発や調査なども得意としていますし、他の自動車修理屋さんでは直せないような複雑な故障やまた古い車など、近々では1990年代のイギリス車のエアコンをすべて分解し、ホースを作り直して復活させる作業をしました。私と同じ年齢のフォークリフトも直して使用しています。

普通、仕事というものはお客さんに営業をして、よい対応をしてお仕事をするのが常識かもしれませんが、私の場合はどの分野も営業は行わず口コミで仕事を頂くことも多く、馬が合わなそうな依頼に対しては断り、信じてくれるお客さんとのみ仕事をしています。
接客な対応は最悪かもしれませんが予想以上の結果を出来るだけ出せるようにお仕事させて頂いています。サラリーマン辞めてから想像より早く億を稼ぎ出しました(;^_^A

いろいろな人生はあると思いますが、自分の得意分野を磨き上げて、ブルーオーシャンと言われるライバルがいない分野を突き進み、理想の生活をつかむのも人生の一つかと思います。

車関連でサポートしていた授業の動画です。4秒くらい画面の左に私が写っています。
本当に当時関わっていた学生達の成長ぶりは感動モノでした。

いま私と関わっているこども達にはいろいろなチャレンジをさせ、怯えることなく失敗を成功に変えられるよう、こどもたちの未来に活かせるように指導していこうと思います。

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